【060】USJ式コンテンツ集客の難しさ
以前、東京ディズニーリゾート(TDR)の損益分岐点を算出してみましたが、今回はユニバーサルスタジオジャパン(USJ)の損益分岐点を算出してみます。
TDRに比べるとUSJの経営は開業以降、波乱万丈です。開業後2005年に民事再生法を適用(事実上の倒産)、経営者が入れ替わり、2017年からはアメリカの会社の子会社化されました。
このような背景があるのでUSJの実績情報はなかなか公開されていません。
自分が新聞記事や証券取引所の公開データなどをもとに利益まで掲載されている情報を集めてみたのが以下の通りです。
2010年から2013年は営業利益の発表データがなく、2018年以降は売上含めて非開示となっていますのでそれ以外のデータで算出しています。
年 |
売上 百万円 |
経費 百万円 |
営業利益 百万円 |
営業利益率 |
集客:万人 |
単価:円 |
|
① |
2007 |
72,062 |
64,779 |
7,283 |
10.1% |
871 |
8,271 |
② |
2008 |
73,158 |
64,756 |
8,402 |
11.5% |
830 |
8,814 |
③ |
2009 |
68,530 |
59,944 |
8,586 |
12.5% |
800 |
8,566 |
④ |
2014 |
95,900 |
71,700 |
24,200 |
25.2% |
1,180 |
8,127 |
⑤ |
2015 |
138,577 |
99,577 |
39,000 |
28.1% |
1,390 |
9,970 |
⑥ |
2016 |
150,000 |
132,600 |
17,400 |
11.6% |
1,450 |
10,345 |
⑦ |
2017 |
165,838 |
142,038 |
23,800 |
14.4% |
1,494 |
11,104 |
これらを使って損益分岐点を出してみました。
年 |
変動費比率 |
固定費比率 |
変動費 |
固定費 |
損益分岐売上 |
人数換算 |
日割人数 |
|
① |
2007 |
29.0% |
71.0% |
18,808 |
45,971 |
64,779 |
7,832 |
21,459 |
② |
2008 |
30.5% |
69.5% |
19,772 |
44,984 |
64,756 |
7,347 |
20,128 |
③ |
2009 |
43.0% |
57.0% |
25,747 |
34,197 |
59,944 |
6,998 |
19,172 |
④ |
2014 |
65.3% |
34.7% |
46,835 |
24,865 |
71,700 |
8,822 |
24,171 |
⑤ |
2015 |
65.3% |
34.7% |
65,045 |
34,532 |
99,577 |
9,988 |
27,365 |
⑥ |
2016 |
59.6% |
40.4% |
79,017 |
53,583 |
132,600 |
12,818 |
35,118 |
⑦ |
2017 |
59.6% |
40.4% |
84,642 |
57,396 |
142,038 |
12,792 |
35,046 |
波乱万丈と言いましたが、時期により経営状態にはいくつか特徴がみられます。
2007年と2008年 → 開業時の運営方式
2009年 → 再入園禁止になったことで変動費比率(飲食原価と推計される)が増加
2014年と2015年 → ハリーポッターの効果が出る
2016年と2017年 → 集客、利益とも大幅増ですが、利益率は減少
大きく分けて4つあります。
開業時の運営方式で運営していたころ(2007年~2008年) )
変動費比率 |
固定費比率 |
変動費 |
固定費 |
損益分岐売上 |
人数換算 |
日割人数 |
|
① |
29.0% |
71.0% |
18,808 |
45,971 |
64,779 |
7,832 |
21,459 |
② |
30.5% |
69.5% |
19,772 |
44,984 |
64,756 |
7,347 |
20,128 |
ここで注目したいのは固定費が70%程度になっていることです。これは日本の100万人規模の遊園地の数値です。TDRは固定費が40%程度ですから大きく差が出ている時期です。固定費が多いというのはゲストが多くても少なくても経費がかかる状態なので経営的には良い状態とは言えません。この原因としては物販や飲食などの二次消費の単価が入場料金に比して低い状態のときに発生します。
運営面ではUSJは評判が一番悪い時期でした。ゲストが何度も来るようなイベントもなく、お土産も開業時からあまり変化がなくて魅力的なものもなく、飲食は再入園を利用して園外の安いお店で食べる人が多いという状況でした。
残念ながら、飲食単価や物販単価などは公開されていませんので、推測になりますがこのころは物販と飲食の単価は客単価の10%程度だったと思います。
一方で損益分岐点は計算結果より一日2万人程度が来れば黒字化するという状況です。当時は年間870万人が来場していましたが、黒字化するには780万人の集客が必要で、このため営業利益率は10%程度です。ここから土地代や金利支払いを引いていくので、最終的な利益は赤字だったはずです。
集計期間中では最も損益分岐点が低い時期ですが、これはゲストを集客し、消費させるための仕掛けが乏しく、ギリギリの運営をしていたことが要因なので望ましい状態とは言えません。
再入園禁止(2009年)
変動比率 |
限界利益率 |
変動費 |
固定費 |
損益分岐売上 |
人数換算 |
日割人数 |
|
③ |
43.0% |
57.0% |
25,747 |
34,197 |
59,944 |
6,998 |
19,172 |
2009年の1月からUSJは再入園禁止になりました。この影響もあり集客数は2008年よりも50万人ほど減少しましたが、営業利益は20億円ほど増えました。
飲食を中で取るように強制したことで飲食単価は自然に上がったことで変動比率は43%になっています。これにより損益分岐点は2万人を切る程度になりました
しかし、営業利益率は12.5%です。強力に利益率を上げるまで飲食が売れたというわけではなく、園内で飲食を取ってくれる人を集めたことで少し改善したという程度です。
バックドロップ運営開始+ハリーポッターエリア開業(2014年~2015年)
変動比率 |
限界利益率 |
変動費 |
固定費 |
損益分岐売上 |
人数換算 |
日割人数 |
|
④ |
65.3% |
34.7% |
46,835 |
24,865 |
71,700 |
8,822 |
24,171 |
⑤ |
65.3% |
34.7% |
65,045 |
34,532 |
99,577 |
9,988 |
27,365 |
2013年の3月にバックドロップというコースターが運営を開始します。従来あったコースターを後ろ向きで走るようにしたものですがこれが大当たりします。
2014年の7月には450億円の投資をした「ハリーポッター」のテーマエリアがオープンします。
ハリーポッターに関係する物販商品、飲食メニューなども多数登場し、さらにはハロウィンホラーナイトという秋の夜間イベントも大成功し、集客が一気に増加します。この二年間は過去最高の営業利益を出している時期です。
新しいアトラクションができて、イベントも増えて夜の営業時間も伸びたことで、2009年以前には年間700万人強で損益分岐点売上となりましたが、2014年は900万人、2015年は1000万人が損益分岐点売上となりました。
損益分岐点が上がった点だけを見ると経費がより多くかかったように見えますが、変動費比率が65%となり、集客数が多くなったことで主に変動費が増えて損益分岐点売上が上昇したということになります。この時期は利益率も20%を超えており経費率や利益率はTDRと遜色ない結果になりました。
その意味では実績数値でもTDRのライバルといえる存在になってきました。
ハリーポッターのエリアというハードだけを建設したのではなく、それを利用した二次消費商品を充実させたことが大成功の要因と言えるでしょう。
この施設の成功によりリピーター層に加えて、今までUSJに来なかった層が取り込めるようになり、ハリーポッター以外の二次消費施設も売り上げが上昇したことが考えられます。
この時期になりUSJはハードで集客して、ソフト(ソフト力のある商品)でお金を稼ぐというテーマパークの本来の稼ぎ方を完成させたといえます。
<
コンテンツ集客拡張期(2016年~2017年)
変動比率 |
限界利益率 |
変動費 |
固定費 |
損益分岐売上 |
人数換算 |
日割人数 |
|
⑥ |
59.6% |
40.4% |
79,017 |
53,583 |
132,600 |
12,818 |
35,118 |
⑦ |
59.6% |
40.4% |
84,642 |
57,396 |
142,038 |
12,792 |
35,046 |
2016年以降も新しいアトラクションがオープンしています。2016年にはコースター「フライングダイナソー」、2017年にはそれまでに施設をリニューアルした「ミニオンパーク」が登場します。
そして2015年に開始された「CoolJapan」という集客イベントが本格化します。これは従来のハリウッド映画ではない、日本の映画、アニメ、テレビ、ゲームなどの人気コンテンツを期間ごとに逐次投入して集客を図るというものです。
この時点でUSJは「ハリウッド映画の世界」というテーマを捨てて、「最高のエンターテインメント空間」という新しいテーマに方向転換を果たします
版権料を払い、日本で人気のあるコンテンツを園内のアトラクションやショーで展開し、飲食や物販商品にも版権料を上乗せして価格で販売することで、TDRとは全く違う集客施策を実施しています。
CoolJapan時期にはコンテンツに合わせてアトラクションも期間ごとに模様替えがなされ、雰囲気も変わるようになり年間として混雑する施設に変わってきました。
また、期間限定で販売される各コンテンツのオリジナル商品も多数販売されるようになり二次消費も伸びてくるようになりました。
一方で定期的なコンテンツの入れ替えや、版権料の支払いなど今までになかった経費が掛かるようになります。特に二次消費商品に版権料がかかることで変動費の中での版権比率が高くなるため、営業利益率は10%台に減少しています。
この時期になると客単価も1万円をこえるようになります。
変動費比率もそれまでの60%程度になりますが、版権料のかかるコンテンツを途切れることなく投入していくことで全体の経費は高くなり、損益分岐点を超えるためには年間で1300万人程度の集客が必要になっています。
このため2014年~2015年当時のような営業利益率にはならず、営業利益率は15%以下で推移しています。
コンテンツ集客という手法の難しさ
USJの実績を3つの期間に区切ってみると特徴がはっきりします。
2007年時期 →リピート客中心で固定費が大きく、経営的には厳しい状態
2015年時期 →新規顧客が増加し二次消費大幅増、変動費が増えて、利益率大幅増
2017年時期 →定期的にコンテンツを更新、変動費は大きいながら、利益率は減少
テーマパークは人気が出るコンテンツ(テーマ)に沿ったハードで集客し、利用者の二次消費で利益を増加させるというビジネスモデルです。
その意味でUSJが最も成功したのはハリーポッターエリアの開業と言えます。
この時期で営業利益率が20%を超えて、金額も過去最高の390億円を達成しています。
国内の人気コンテンツを定期的に入れ替えて集客するコンテンツ集客という手法は、顧客を再来場させるという効果の意味ではとても効果的です。しかし、これを継続させるというのは利益率も下がり、損益分岐点を高くしなければならないというリスクが伴います。
幸いUSJはマーケティング段階で成功し続けているので、利益金額としては十分な金額が出せていますが、失敗コンテンツが導入された場合にはこのモデルはあっという間に崩壊する危険があります。
TDRが利益率20%以上を継続して出せているのは、ディズニー映画の新作が毎年のように制作されて、人気があり、そのキャラクターを利用できるという強みがあってのものだということが伺えます。
コンテンツ集客という手法は、一つ当てることよりも継続して当て続けて、顧客の再来訪を続けるところが非常に難しいところです。ここを安易に考えて導入すると大きな失敗の要因となることは明らかです。
親会社が作った人気コンテンツを二次使用して利用開始時点で人気が出ることがほぼ確実なTDRの戦略と比べると、一度失敗すると顧客離れが加速するというリスクのある手法を用いながらも、常に成功し続けてきたのはUSJの底力と言えるところです。
自社グループコンテンツではないものを利用するということは損益分岐点にも影響を与えます。
TDRの二つのパークは2017年の売上が3942億円、損益分岐点売上は2984億円(売上実績の75.7%)です。
USJの2017年は売上1658億円、損益分岐点売上は1420億円(売上実績の86%)です。
TDRに比べて余裕がないのは明かです。
ハリーポッター効果で過去最高利益となった2016年で見ても損益分岐点売上は売上実績の71%(同時期のTDRは76.3%)とこの時期だけはTDRよりも良くなっています。
2007年時期と比べてみると集客は1.8倍であるのに対して営業利益金額は2007年当時の2倍から3倍に増えています。
つまりUSJとしては現在の手法を取り続けることは経営には好循環を生み出しています。
2019年までは集客や利益金額自体は右肩上がりで伸びており経営的には成功していますが、その裏ではギリギリの戦略が成功し続けていることが今回の検証でわかりました。
2020年以降の懸念
コロナ禍がいつ終息するかわからない2020年のUSJは2009年以前の状況での運営を強いられています。
2009年当時に比べるとアトラクションが増えている分だけ経費も増えているため、営業利益率を以前のように保つのはほぼ不可能といえる状況だと思います。
このようにテーマパークの実績を集客ではなくて、利益確保という側面から見てみるとコロナ禍という問題がテーマパークや遊園地の業界にいかに大きな影響を与えているのかを改めて理解できます。